“正直”は誠実であれ ― 日本の知恵が導く、信頼関係のつくり方

あなたは周囲とのコミュニケーションを上手く取れていますか?
人と良い関係を築くことは、簡単なようでいて、とても難しいものです。「悪いことは言っていないのに、なぜか相手との距離ができてしまう」そんな悩みを抱えている人は少なくありません。

そこで大切になるのが、「正直」と「誠実」の違いです。
実は、この違いを理解していないと、人間関係を損ねてしまい、チャンスや運さえ逃すことがあるのです。

目次

「正直すぎ」は損をする


日本では昔から「正直は美徳」とされてきました。しかし、時に「正直すぎる」ことが相手を傷つけたり、場の調和を乱したりすることもあります。

神道には「浄明正直(じょうめいしょうじき)」」」という考え方があります。これは「心を清らかにし、誠実にまっすぐ生きること」を意味します。ここでいう「正直」とは、自分の思いをそのまま相手にぶつけることではなく、相手の気持ちを思いやりながら、誠実に接する姿勢なのです。

つまり、ただ「自分に正直でいること」と「相手に誠実であること」は別。誠実さを伴わない正直さは、ときに相手を遠ざけてしまうので注意が必要です。

正直と誠実の違い

正直な人正しく素直で、偽りやごまかしをしない人
●誠実な人:私利私欲を交えず、真心をもって人や物事に接する人


ビジネスの場でも、就職活動の場でも、日常生活でも「誠実さ」があるかどうかが、信頼関係を左右します。

谷保天満宮の鳥居と狛犬。御祭神の菅原道真公も誠実に学びを重ね真っ直ぐに生きた方。その精神はこの入口から私たちの心を導いてくれます。

3つのエピソード

ここからは、私自身の経験から「正直」と「誠実」の違いがよく分かるエピソードを3つ紹介します。

1) 就職活動での実例:正直さが逆効果になったケース

大学4年生のAさんは「嘘がつけないタイプ」。面接で、志望度を聞かれても「第一志望群です」としか答えられず、将来の活躍を問われても「うーん」と濁してしまいます。

彼は「正直に答えている」つもりでした。A さんは、ただ「嘘をつきたくない」だけでした。本心を正直に話すことを優先してしまうのです。第一志望の企業は他にもあるし、将来の活躍について問われたところで、未来のことは断言できないと思ってしまうのです。

しかし企業からすれば、「熱意がない」と映り、なかなか内定がもらえずに、塞ぎこんでいました。この学生に必要だったのは「正直さ」ではなく「誠実さ」。つまり、自分の本心だけでなく「相手の立場を尊重すること」。誠実な姿勢で「御社で挑戦したい理由」を前向きに語れば、結果は変わっていたはずです。

2)ビジネスの例 :誠実さが信頼を生んだ瞬間

私が百貨店で高級寝具ブランドの店長をしていた頃のこと。「高額のベッドにカビが生えたから返品したい」と、VIPのお客様が怒りの声で来店されました。

規約上は返品できないケースでしたが、私は「返品不可」と正論をすぐには伝えませんでした。まずはお客様の怒りと悲しみに寄り添い、謝罪。そして、クリーニング業者を探し、殺菌消毒を施すことで解決に導きました。

信頼が生まれた後で「実は結露が原因でした」と伝えると、お客様も正直に打ち明けてくださり、関係はむしろ深まりました。ここで大切だったのは「正直に事実を述べること」よりも「誠実に気持ちに寄り添うこと」だったのです。

3)日常生活の例 ― 正直さが生む誤解

親しい人から贈り物をいただきました。
「お気持ちだけで十分です、使わないので。」と正直に伝えたらどうなるでしょうか?

相手は「残念だな」と心を閉ざし、関係は少しずつ冷えてしまいます。
ここで必要なのは「誠実さ」です。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」と感謝を伝えるだけで、関係性は温かいまま保たれます。たとえ不要であっても、誠実に相手の思いを受け止めることが大切なのです。

拝殿と 撫で牛。道真公が生涯を通じて示した誠実さと学問への情熱。それにあやかり、訪れる人々は祈りを込め、未来をひらいていきます。

日本の教えに学ぶ 

日本の古くからの言い伝えには、正論を振りかざさず、「調和を重んじなさい」という教えがあります。これらは、現代の仕事や日常生活にも通じる普遍的な価値観です。

「言わぬが花」

必要以上に言葉を重ねて、関係性や和を壊すのではなく、控えることで運や縁を大切にするという教訓。

「和を以て貴しとなす」(聖徳太子) 出典: 十七条憲法

調和や協力が何よりも大切であるという教え。正論よりも「場の調和」を優先する姿勢が重要。

「水清ければ魚棲まず」

あまりにも正しさを追求しすぎると、かえって人が寄り付かなくなるという教え。

人を叱るときは、正論を盾にしないこと。相手の気持ちを大切にする

松下幸之助の言葉。経営哲学の中で「正論を盾にした指摘が、かえって人のやる気や信頼を失わせる」という考えを述べています。

最後に:正直さと誠実さのバランスを取ろう

正直さは美徳です。しかし、ただ自分の気持ちを押し出すだけの正直さでは、人との関係は深まりません。神道の「浄明正直」に学ぶように、清らかな心で、相手を思いやりながら誠実に接すること。
それが信頼を生み、良い縁や運を引き寄せる第一歩となるのです。

今日から、言葉や態度にほんの少し「誠実さ」を意識してみませんか?
きっと人間関係が柔らかく変わっていくはずです。

境内を悠々と歩く鶏の姿。古来より鶏は夜明けを告げる「神の使い」。新しい始まりを象徴します。誠実に今日を生きようと感じさせてくれる光景。
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