職場で孤立してしそうなとき、私はふと「自分が“日本人らしさ”を失っているのではないか」と感じるのです。
そんなとき、神社を参拝するたびに我に返ります。――ああ、“和の心”を忘れてはいけないな、と。
最近、日本を訪れる外国人がますます増えています。
そして彼らの多くが口を揃えてこう言います。
「日本人は謙虚で、親切で、思いやりがある」と。
電車では静かにし、
困っている人を見かけたら自然に手を差し伸べる。
嫌な顔ひとつせず助け合う――。
そんな姿勢が、いま世界から“日本人の美徳”として賞賛されているのです。
けれども、なぜか「職場」になると、私たち日本人はその美徳を潜めてしまう。
本来持っているはずの“和の心”を、「職場」では、なぜかうまく発揮できていないのです。
日本人の潜在意識にある「和」
古来、日本人は自然や神々と共に生きる「共生の文化」を育んできました。
山や川、木々、石にさえ神が宿ると考える――それが神道の世界観です。
人々は地域の神社を中心に「氏子」として支え合い、
地域の“鎮守の神様”をチームで守ってきました。
時代は変わっても、神社は今も私たちのそばにあります。
そこには、変わらぬ静けさと、「和をもって貴しとなす」という精神が息づいています。
それは、どんなときも相手を思いやり、協調を重んじる心。
神社の空気は、日本人が潜在的に持つ心を、そっと思い出せてくれる空気があるのです。

職場で「和の心」が発揮しにくい理由
なぜ、職場では「和の心」が薄れてしまうのかを考えてみましょう。
その背景には、いくつかの現実的な要因があります。
- 成果主義や評価制度のプレッシャー
- 「自分が損をしないように」という防衛意識
- 忙しさやストレスによる心の余裕の欠如
- 個人主義的な価値観の広がり
職場には多様な人が集まり、それぞれの価値観がぶつかります。
個人の成果を優先するあまり、協調や助け合いが後回しになることも。
その結果、摩擦や不満が生まれ、職場の空気がギスギスしてしまうのです。

和の心が欠けた職場で起こること
“和の心”が失われると、次のような変化が現れます。
- チームの雰囲気が悪くなる
- 離職や人間関係のトラブルが増える
- 能力や個性が活かされにくくなる
- 心身のバランスを崩しやすくなる
私たち日本人の強みである「協調性」「思いやり」が活かされない――
それはとてももったいないことだと思いませんか?
どんな環境であっても、柔軟に対応しながら円滑なコミュニケーションを意識することが大切です。
逆境の時こそ「利他の心」
逆境の時こそ「利他の心」
――自分のためより、誰かのために動く心です。
「おかげさま」という言葉があるように、私たちは誰かの支えの中で生きています。
そのことを思い出すだけで、仕事への向き合い方や人との関わりが自然と変わります。
職場では、意地悪をする人や、マウントを取ろうとする人、協調を嫌う人もいます。
ときには、自分だけが孤立しているように感じることもあるでしょう。
でも、試されているのは「自分の軸」です。
たとえ相手が和を乱しても、
あなたが笑顔と誠意で返すことで、空気は少しずつ変わります。
それこそが「和を取り戻す」第一歩になるのです。
小さな行動が“大きな和”をつくる
●どんな時も、笑顔で挨拶する
●「お手伝いしましょうか?」と声をかける
そんな小さな行動を、できる範囲で続けていく。
それはとても勇気がいることですが、続けていくことで必ず職場の空気はやわらいでいきます。
「和の心」は、摩擦の中でこそ磨かれ、育まれるもの。
これは理屈ではなく、私自身が社会の中で学んできたことでもあります。
だからこそ――
「きっとあなたも大丈夫」。
そうお伝えしたいのです。

和の心を胸に、自分らしく成長していこう
私たち日本人の心の奥には、確かに“和の心”が息づいています。
職場でいえば、「チームへの貢献」「周囲への配慮」「ちょっとした声掛け」。
それらはすべて“和の心”があるからこそできる行動です。
たとえ環境が厳しくても、あなたの中にある「利他の心」を思い出してください。
できる範囲でいい。
その一歩が、やがて周囲を変え、あなた自身を強く育てていきます。
そして、心が少し疲れたときは――
近くの神社を訪れてみてください。
神様たちは、困難を乗り越えて今そこに鎮座している存在です。
あなたの参拝を、きっと優しく受け止め、応援してくださいます。



